世界的な音楽家である故・坂本龍一さんと、唯一無二のシンガーソングライター・矢野顕子さん。その偉大な音楽一家の長男として知られるのが坂本風太(さかもと ふうた)さんです。
ネット上では、坂本風太さんの名前に関して「坂本龍一さんの実子なの?」「実の父親は誰?」「母親である矢野顕子さんの過去の結婚相手は?」といった疑問の声が多く寄せられています。
この記事では、坂本風太さんの実の父親である音楽プロデューサー・風間設(かざま はじめ)さんのプロフィールや経歴、矢野顕子さんとの結婚・離婚の真相、そして坂本龍一さんの「義理の息子」として育ち「坂本」姓を名乗るようになった温かい家族の歴史について詳しくご紹介します!
【結論】坂本風太の実父はザリバの風間設!坂本龍一とは義理の親子関係
結論から言うと、坂本風太さんの実の父親は、矢野顕子さんがソロデビュー前に結成していたバンド「ザリバ(ZARIBA)」のベーシストであり、後に音楽プロデューサーとしても活動した風間設(かざま はじめ)さんです。
坂本龍一さんとは血の繋がりはなく、矢野顕子さんと坂本龍一さんが1982年に正式結婚した際、当時7歳だった風太さんを坂本龍一さんが養子(連れ子)として引き取り、戸籍に入れたことで「坂本」姓を名乗るようになりました。坂本龍一さんは、風太さんを実の息子のように愛情深く育て上げたと言われています。
実父・風間設のプロフィールと伝説のバンド「ザリバ」での活動
坂本風太さんの実父である風間設さんのプロフィールや経歴について解説します。
- 名前:風間設(かざま はじめ)
- 職業:ベーシスト、音楽プロデューサー
- 所属バンド:ザリバ(ZARIBA)
風間設さんは、1970年代前半に米軍キャンプ回りなどを行っていた実力派バンド「ザリバ」のベーシストとして活動していました。このバンドのキーボード兼ボーカルとして参加していたのが、当時10代の十期限(矢野顕子)さんでした。
ザリバは1974年にシングル「或る日」でレコードデビューを果たしましたが、レコード会社が矢野顕子さんの圧倒的な才能に注目したため、デビュー後まもなく解散となりました。しかし、この活動を通じて親密になった風間設さんと矢野顕子さんは1974年に結婚。翌1975年に長男である風太さんが誕生しました。
矢野顕子と風間設の離婚の真相とは?
若くして結婚し、長男の風太さんを授かった矢野顕子さんと風間設さんですが、1979年に離婚が成立しました。
離婚の要因としては、ソロアーティストとして急速に評価を高め多忙を極めていた矢野顕子さんとの生活のすれ違いや、音楽活動における方向性の違いなどが挙げられます。また、1979年頃から矢野顕子さんはイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のサポートメンバーとしてツアーに参加しており、そこで坂本龍一さんとの運命的な出会いを果たすことになります。風間設さんとの協議離婚が成立したことで、矢野顕子さんは新たな音楽と人生のパートナーである坂本龍一さんとの道を歩み始めました。
坂本龍一と坂本風太の義理の親子関係と「坂本」姓の由来
矢野顕子さんと風間設さんの離婚後、1982年に矢野顕子さんと坂本龍一さんが正式に結婚しました(1980年には長女の坂本美雨さんが誕生しています)。
この再婚に伴い、当時小学生だった風太さんは坂本龍一さんの籍に入り、名前が「坂本風太」となりました。坂本龍一さんは、血の繋がらない義理の息子である風太さんを決して特別視せず、実の娘である美雨さんと同様に深い愛情を注いで育てました。風太さん自身も、坂本龍一さんを「父親」として慕い、音楽的な感性やグローバルな視野を受け継ぎながら、温かい家庭の中で成長していきました。
よくある質問 (FAQ)
Q. 坂本風太さんの実の父親は誰ですか?
A. 矢野顕子さんの最初の夫で、バンド「ザリバ」のベーシスト兼音楽プロデューサーであった風間設(かざま はじめ)さんです。
Q. 坂本風太さんはなぜ「坂本」姓なのですか?
A. 1982年に母親の矢野顕子さんと坂本龍一さんが再婚した際、坂本龍一さんの養子(籍に入る)となったためです。
Q. 坂本風太さんと坂本美雨さんは血が繋がっていますか?
A. 母親(矢野顕子さん)を同じくする異父姉弟ですが、父親は風太さんが風間設さん、美雨さんが坂本龍一さんのため、父親違いの姉弟となります。
💬 この記事はどうでしたか?次週も見逃せませんね!一緒にリアタイしましょう✨



コメント