2026年6月7日放送のテレビ東京系「THE 事業承継 その灯を消すな!」で紹介された、日本にジェラート文化を広めた「ジェラート王」のM&Aによる前向きな事業承継。
この「ジェラート王」の正体は、イタリア製ジェラートマシン「TELME(テルメ)」の日本総代理店を務める「株式会社UNO(TELME JAPAN株式会社)」(本社:神奈川県横浜市、埼玉県さいたま市にもショールームを展開)の創業者・山﨑則夫氏と、息子の山﨑友樹氏です。
そして、彼らがジェラート業界の未来を託したM&Aの相手企業は、日本初のアイスクリーム安定剤メーカーである「旭東化学産業株式会社」(代表取締役社長:田口貴之氏)でした。
黒字経営で、後継者である息子の友樹氏もいた中で、なぜM&Aという決断に至ったのか?その背景にある輸入事業の厳しい現実や、機械と原料という異色のコラボレーションが生み出すシナジーについて詳しく解説します。
👇 【追記】放送結果と視聴者の声!
■ 実際の放送ハイライト
その灯を消すな! 2026/06/07(日)16:00 の放送内容 ページ1
1日前 -その灯を消すな! 【密着!イタリア発ジェラートをより身近に!拡大戦略への決断】 · ジェラート機器の販売からメンテナンスまで担う会社「UNO」創業者の則夫 …
■ 視聴者のリアルタイムな反応
「放送後の感想やハイライトについて話題になっています!」
「リアルタイムでの番組動向に多くの反響が寄せられました。」
日本にジェラートを広めた「ジェラート王」山﨑則夫氏のパイオニアとしての経歴
山﨑則夫氏は、日本におけるジェラートの普及に人生を捧げてきた、まさに「ジェラート界のレジェンド」です。そのキャリアは半世紀以上前にさかのぼります。
- 1970年 大阪万博での挑戦: イタリアのジェラート機械メーカー「カルピジャーニ」のセールスとしてキャリアをスタート。大阪万博で70台ものソフトクリームマシンの設置・メンテナンスをわずか2人でやり遂げ、日本にソフトクリーム・ジェラートブームを巻き起こす足がかりを作りました。
- 酪農家へのアプローチ: 当時、ジェラートの認知度が皆無だった日本で、牛乳を生産する酪農家に目をつけ、自家製ジェラートの製造を提案。これが現代の「六次産業化」の先駆けとなり、全国にジェラート文化が広まるきっかけとなりました。
- 56歳での独立と雌伏の時: カルピジャーニ日本法人の取締役を務めた後、自らのビジネスを立ち上げるため独立。競業避止義務のあった3年間は、全国の顧客を回りながら原材料を販売して糊口をしのぎました。
- TELME(テルメ)社との出会い: 3年後、イタリアで独自の縦回転構造(混ざりが良くバケットが見やすい家庭用洗濯機のような構造)を持つ「TELME」社のジェラートマシンに着目し、日本総代理店を設立。大手との差別化を図り、独自の市場を切り開きました。
株式会社UNOの事業内容と、息子・友樹氏との親子二人三脚の歩み
山﨑則夫氏が設立した「株式会社UNO(TELME JAPAN株式会社)」は、神奈川県横浜市を拠点に、埼玉県さいたま市緑区東浦和にもショールームや事務所を構えるジェラート機器専門商社です。
同社の強みは、単にイタリア製マシンを右から左へ販売するだけでなく、導入店舗に対する「製造指導」「オリジナルレシピ開発支援」「店舗設計プロデュース」までを一貫してサポートする点にあります。日本ジェラート協会の設立・運営(則夫氏は顧問)にも深く関わり、業界全体の信頼を獲得してきました。
かつては別の専門商社でトップ営業マンとして活躍していた息子の山﨑友樹氏が「母の通院」を機に家業へ参画。営業車で5年間に20万キロを走破するほどの熱心な地方営業を行い、則夫氏の持つ「技術と人脈」に、友樹氏の「現場発の行動力」が加わることで、同社はさらなる成長を遂げました。
黒字で後継者(息子)もいたのになぜ?M&Aを決断した3つの理由と背景
経営は黒字で、優秀な後継者である息子の友樹氏もいた株式会社UNO。それでも山﨑親子がM&A(企業の譲渡)に踏み切ったのには、深刻な事業環境の変化と、ジェラート業界への深い愛がありました。
理由1:輸入条件変更に伴う高額な運転資金の必要性
イタリアからの輸入品を扱うUNOでは、顧客からの注文後にイタリアへ発注するケースが多く、輸送コストの増大や納期の遅れが課題でした。特に夏場の繁忙期や新規出店にあたり「すぐに導入したい」という顧客ニーズに応えるため、一定の在庫を確保する体制への移行を模索していました。しかし、昨今の為替変動や輸入条件の変更により、在庫を自社単独で抱えるにはこれまでに比べて非常に高額な運転資金が必要となり、資金力のあるパートナーを必要としていました。
理由2:自社単独の限界を突破し、総合提案力を強化するため
ジェラート業界をさらに発展させるためには、機械の販売だけでなく、原材料の安定供給やオリジナルレシピの提案、導入後の迅速なサポート体制など、多角的なアプローチが必要です。山﨑親子は、自社単独でこれらを拡大することに限界を感じており、資本力と物流・原料の強みを持つ企業と手を組むことが最適だと考えました。
理由3:旭東化学産業・田口社長からの「ラブレター」
M&A仲介(M&Aキャピタルパートナーズ)を通じて紹介された複数社の中から、山﨑親子の心を最も動かしたのが、旭東化学産業の田口社長から送られた手紙でした。そこには「第二の創業期を一緒に作りましょう」という、UNOの歴史やジェラートへの情熱をリスペクトした真摯なメッセージが綴られており、これが最終的な決断の決め手となりました。
機械×原料のシナジー!譲受企業「旭東化学産業」と描く未来
UNOを譲り受けた「旭東化学産業株式会社」は、1955年にアイスクリームの安定剤の輸入卸としてスタートした、日本初のアイスクリーム安定剤の老舗メーカーです。
同社を率いる代表取締役社長・田口貴之氏は、証券会社でのM&Aアドバイザリー業務などを経て就任した若き経営者。同じアイスクリーム・ジェラート業界にいながら、UNOの「機械」と旭東化学産業の「原料・安定剤」は、顧客や商材が重複しない「完璧に補完し合える関係」でした。
このM&Aにより、以下のような強力なシナジーが生まれています。
- ワンストップ提案の実現: ジェラートマシン(UNO)の販売と同時に、最適な安定剤やフレーバー原料(旭東化学産業)をパッケージとして顧客に提供可能に。
- 共同でのレシピ開発: 友樹氏が現場で培ったアイデアやレシピを、旭東化学産業が持つ研究開発・分析部門の力で科学的に製品化。
- 財務・物流基盤の強化: 旭東化学産業の資本力を背景に、イタリア製マシンの在庫を十分に確保し、迅速な納品体制を構築。
答え合わせ:M&Aの「結末」と現在の状況
2026年3月に成約したこのM&Aは、理想的な「親族外承継」のモデルケースとなりました。
成約後も、株式会社UNOの社員はこれまでの条件を維持して全員が勤務を継続。創業者である山﨑則夫氏はサポートを続け、息子の友樹氏も引き続き事業の第一線でリーダーとして活躍しています。
田口社長は、今後のグループのあり方を国語の教科書に登場する物語「スイミー」に例えています。「一社一社は小魚のように小さくても、同じ業界の仲間が集まり、それぞれの強みを活かして連なることで、巨大な資本にも負けない大きな存在になれる」というビジョンです。
ジェラートを、洋菓子店の高級ケーキと同じように価値あるスイーツとして日本中に定着させたい。そんな山﨑親子の夢と、旭東化学産業の強固な基盤が融合し、日本のジェラート業界に今、新しい風が吹いています。


